第2弾 30歳代表×神戸で活躍する先輩対談

原田商事」原田宜幸氏 * 「原田パン」原田稔久氏


前回好評いただいた、30歳代表×神戸で活躍する先輩の対談企画!

第2弾は前回の北野クラブSolaの浅木雄三さんよりご紹介いただきました、婦人服飾「東京屋」、ビデオインアメリカ他、不動産など幅広い事業を手がける原田商事株式会社の原田宜幸さんと、「ハラダパン」でおなじみ、長田区の株式会社原田パンより、30歳の原田稔久さんの対談です。

神戸でご活躍される、お二人の「原田さん」による対談となります。それでは対談に参りましょう。

 


・まずはお2人とも原田さんというご苗字ですね。何とお呼びさせていただきましょうか?

 原田宜幸さん

どうしましょうか?私は普段「よしゆき」の「よし」から「よっしー」と呼ばれているので「よっしー」で構わないですよ。原田稔久さんは・・・「パンさん」で、どうでしょう(笑)?

原田稔久さん

「パンさん」ですか(笑)そういえば小学生の頃、パンちゃんと呼ばれていましたね。先生からもそう言われてました(笑)。

 

※ということで、ここからは原田宜幸さんを「よっしー」、原田稔久さんを「パンさん」と表記させていただきます。

・では、「よっしー」、「パンさん」と呼び名も決まったところで、本題にいきましょう。 まずお2人の今のお仕事の内容や、なぜ今のお仕事を選んだのかを教えてください。

よっしー

私の場合、両祖父が社長で、幼少期より社長に強い憧れを抱いていたので、自分も将来は絶対社長になるんだと思っていました。

ただ、何の会社の社長になるかは当初は漠然としていて、25歳でビルの管理会社を設立、その後30歳の時に大阪の道頓堀に土地を購入して商業ビルを建て、事業化しました。

パンさん

すごいですね。自分はちょうど今30歳なのですが、土地を買うときってお金もかかるでしょうし、決断するのに戸惑いはなかったですか。

よっしー

もちろん大きな借入が必要だったし、周りには反対する人もいましたが、自分には出来るという変な自信がありました。また同じ貸しビル業をしていた母方の祖父からも、同じ建てるならべっぴんさんの一等地を狙えというアドバイスがありましたので、迷い無く挑戦する事が出来ました。

パンさん

なるほど。お祖父さんの後押しもあったのですね。

よっしー

祖父は豪快な人で、「三宮のネオンを消すな!」というのが遺言でした(笑)。私も大きくその影響を受けています。

パンさん

なるほど。素晴らしいお祖父さんですね。

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